2009年7月アーカイブ

すずめ

久しぶりに早く帰れたので、家まで歩いて戻ることにした。
自宅から職場まで、最短距離を歩いて45分くらい。うろうろしていると小一時間くら。
朝は職場まで徒歩でやってくることが多いけれど、帰りはどうしても疲れと、時刻も遅くなってしまうので歩いて帰ることはあまりない。

健康を意識して歩いているわけでもない。
歩くと何かしら写真が撮れる。それが面白いと言うか、ストレスの発散に繋がっているように思っている。
悲しい性とでも云うのでしょうか、シャッターの音を聞くと安心し、二三日、シャッターボタンを押していないと妙にソワソワしてくる。

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この季節は日暮れも遅いので、少し早めに職場を離れることができれば、夕方も写真が十分撮れる。
今日も、「写真でも撮りながら帰るか・・・」と、仕事が一段落したところで大学を出た。
歩くと写真が撮れる保証はないのだけれど、周りに気を配りながら歩いていると、色んなものが目に飛び込んでくるので、それはそれで結構楽しい。

今日は楽しいことではないのだけれど、すずめの死骸と出くわした。
車の往来が結構激しい道ですずめが死んでいた。
「すずめが死んでいるな・・・」と思いながら、一旦、その横を通り過ぎた。
このままにしておくと、車の車輪の下敷きになり無惨な死に様を晒してしまうだろうから、車の通らない草むらにでも移してやろうかと考えないでもなかった。
反対側の車線は車が渋滞している。
おそらく私の行為は車の中から見られるだろうと、すずめの亡骸を拾い上げることを躊躇し、そのまま通り過ぎた。

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何メートルか行き過ぎたところで、やはりこのままでは可哀想だと、再びすずめのところまで戻り拾い上げた。
熱いアスファルト道路の上に転がっていたからか、体は暖かかった。
死後硬直もなく、体も冷たくなっていなかったことから、ほんの少し前に落命したので、車に敷かれる難を逃れたのだろう。
そこに、こころやさしいおじいさん(私ですよ)が通りかかって、ヨカッタ・ヨカッタ。
草むらの土の上に寝かせ、上から枯れ草をかぶせた。これで一安心。


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それまで一回もシャッターを押すことがなかったのに、すずめを埋葬したあと、何枚か写真が撮れた。
すずめが「ありがとう、こころやさしいおじいさん」と恩返しをしてくれたとは思わないが、良いと思うことをした後はこちらの気持ちも何かしら変化し、目の前の世界の見え方が変わるのではないだろうか。
祖母の教えの一つ、『情けは人のためならず』ということがこころのなかでクルクル回っていた。

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昨夜は寒くて夜中にちょっと厚めの布団を引っ張り出して羽織った。
北部九州は、まだ、梅雨明けになっていないのに、このまま、秋になってしまいそうな感じ。
これまでにも、梅雨明け宣言が出ないままといったことがあったとか。
でも、季節は裏切らないから、きっと暑い暑いとイライラする日がきっとくるはず。
その日のために、体力温存。その前に、寝冷えなんてしてられない。


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現在、大学は前期の試験期間中。
私は筆記試験をやらなかったので、自分の試験は無いのだけれど、試験監督にもノルマがあって、人さまの科目の応援監督に駆り出される。
試験監督のノルマは四回。
一日に二科目で二日間で終わるのだけど、他人の科目の監督ほど退屈なものはない。
特に、経済や商学部といった芸術学部以外の学科の授業で教科書、参考書など試験会場に持ち込み自由なんて科目だと、答案用紙を配って、集めるだけが仕事のようなものだから、学生諸君が解答中は実に暇。
暇だからといって座り込んでいるわけにも行かず、教室の中をうろうろ歩いているだけ。
ときどき窓際に寄って、遠くの山を眺めたりして50分の修行のような時間を潰す。

今日の担当科目の一つコンピュータ関係の科目があった。
顔ぶれを見ると見慣れた顔も居る。
写真映像学科の学生も結構受けていた。
しかし、写真にも力を入れている学生は一人しか見当たらない。
ほとんどがパソコンを使ってCGやアニメーション、デジタル映像などを専攻している学生たち。
彼らにとって、コンピュータは日々活用する道具だから、コンピュータに関する知識は必要だだろうえど、「写真の学生にとってパソコンの勉強は必要ないのかな?」と疑問が浮かんだ。

問題用紙を配り終えて、試験が始まると、疑問は解消した。
問題の内容はパソコン原理に関するようなもので、私にもあまり分からない内容だった。
写真だって、最近では暗室に代わってパソコンが必需品化しているけれど、ここまでの知識はなくても大丈夫。
パソコンを道具として使えればそれで問題ないのだけれど、どうも、写真の周りに集まってくる学生たちを見ているとパソコンから逃げているようにも見える。

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学生の動向を見ていると、自分はパソコンと相性が悪いと判断した学生が写真をやりに来るようだ。
そんな連中は写真にも興味が無いことが多いので、簡単そうに見えるデジタルカメラで作品を作りたがる。

パソコンを使って調整したり、出力でプリンターを使うためにはパソコンと向き合わなければならないことなど考えてもいないかのよう。ちょっと考えが甘くないか。
写真だってパソコンも使うだよ。
写真は撮りっぱなし。後はテキトー。

暗室やパソコンの知識や技術もしっかり身につけて、写真の表現世界を広げると、もっともっと写真が楽しくなるぞ。

猫のよっこいしょ

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とくに最近になってと云うことでもないのだけれど、立ち上がったり座ったりするときに「どっこいしょ」とか「よっこらしょ」とかけ声を掛ける。
このような掛け声をかけないと体が動かないと云うほどではないのだけれど、無意識に口から出てしまう。
布団から立ち上がるときに「どっこいしょ」。
朝食の椅子にすわるときは「よっこらしょ」。
一日のスタートはこのかけ声から始まるみたい。

これって、歳の所為だろおうか・・・おそらく。

夜、布団に横たわるときも、おそらく「」よっこいしょ」とか何とか言っていることだろう。
今夜あたり、ちょっと確かめてみますか。
そう云えば私の祖母がよく布団の中で「寝るは極楽」とかなんとか言っていた。
永眠してした今は、極楽で「ここは極楽」なんて温泉のコマーシャルみたいなことを言っているのだろうか。


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我が家には年老いた猫も三匹一緒に暮らしている。
どうやら、猫の世界にもこの「どっこいしょ」があるみた。
我が家の老猫たちも、椅子の上や高いところに跳び上がるときに一声発して跳び上がっている。
若いときには、無言でスッと跳び上がっていたものが、「ルルッ」とか掛け声をかけて跳び上がっている。


福岡市東区

もっとも、最長老の猫は肥満に合わせて、後ろ足の筋力が衰えたようで、跳び上がろうとはしない。
その代わり、ねぐら(専用の籠)に入って座るときに、まるで私の真似をするかのように「グルッ」と言いながら、スローモーションのようにゆっくり、ゆっくり座り込む。
若いときには、私のバイクの横を全速力で走っていたのに、猫や人間、生き物すべて歳には勝てないみたい。

想像力が逞し過ぎる

朝、家を出るときには曇り空だったけれど、歩いているうちに太陽が出て来て汗ばむくらいの陽気になった。
写真を撮ること考えれば「晴れ曇り」といった空模様が良い。
太陽の光が強くなると、当然影ができる。
この影がくせ者で、下手くそな写真人に大いに力を貸してくれることもあれば、どうしょうもなきくらい邪魔をしてくるおともある。

どちらかと云うと、邪魔をされることが多いようなので、影が射すか射さないかかくらいの「晴れ曇り」が良い。
本格的な曇りになってしまうと、コントラストがなくなり黒白写真にはちょっと不向きな世界が出来上がってしまう。

写真は自然を相手にすることが一般的なので、駆け引きとか、力技が通じない。
そういったものを試みた写真があったとしても、そのような写真を私は良しとしない。

目の前のものと、自分のうちにあるものとの結びつきこそが写真を撮ると云うこと。
と言うことは、自分の内にどれだけのものを溜め込んでいるかが勝負の分かれ目になる。
内側が空っぽでは結びつくものが無いので、空振りするばかり。
写真が撮れないと嘆く人は自分の内側を耕すことを忘れている。
つまり、感受性が芽吹いてこない。

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いつもの道を、いつのも人間が歩いているのだから、同じようなものが気になり、同じような写真ばかり。
当然だ。(そう、開き直ってるよ。)
同じように見えて、実は同じではない。
この前と違った印象に見せてくれるのが、空模様。
簡単に言ってしまえば空模様によってライティングが変わってくる。
影が出たり出なかったり。ハイライトが輝いたり、陰の部分が沈んだり。浮き立ったり、潜んだり。
空模様の影響は大きい。

今日の写真は2009年6月10日の「亀カメラ」にも載せた椅子。(参考のために今日も下に載せてみた。)
また同じ椅子を撮ってる。

福岡県糟屋郡新宮町


以前の椅子は明るい光を受けているけれど、今日の椅子は曇り空の関係で少しくすんでいる。
今日の写真は二枚。
微妙に撮影距離を変えて撮った。
さて、どちらの写真を載せようか見比べているときに、あることに気づいた。
微妙で勝手な想像なので、皆さんの賛同を得られるかどうか自身はない。
縦位置で画面中央に椅子が二つ入れて撮ってる。
その二つに椅子はぴったり寄り添っているのではなく左側の椅子が少し左に(画面上の)にずれて隙間が手前に向かって開いている。

この椅子のねじれが気になった。
この席に男女二人が座っていたと想像してみる。
撮影距離が少し離れている方の写真は、「それじゃ・・・」と端に座っていた人が立ち去った後のように見えた。
一方の、撮影距離を縮めた方は話に興がのったのか端に座っていた人が腰をぐっとひねって話し相手の方に寄ったように見える。

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想像力が逞し過ぎるけれど、面白い見方でしょ。


パスポート

仕事でパスポートが必要になって久しぶりに取り出してみたら有効期限が切れていた。
この前、パスポートを使ったのは一年前にハワイに出かけたときのことだから、一年ぶりのご対面。
有効期限は19日まで。
今日が27日だから、一週間くらい前に気づいていたら申請が少し楽だったのに。
古いパスポートが失効する前だったら、戸籍謄本の必要はなかったのに。

天神のパスポートセンターに行く前に区役所に立ち寄って戸籍謄本を受け取って行かなければならない。
暑いのに、ひと手間増える格好になってしまった。

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こうした、ちょっとしたズレ(手遅れ)みたいなことは良く経験する。
乗り物に乗るときなども、いま出たばっかり・・・と云うことも良くあるし、とにかく面倒くさがりやでぎりぎりまで放ったらかしにしておく性分が多いに影響している。
きちんとした性格の方なら、パスポートなんかも昨年使った後に、有効期限があと一年を切ったと脳みそにインプットされて、三ヶ月前くらいにはきちんと手続きされるのでしょうな。
しかし、それも窮屈で肩が凝るな・・・などと、ええ加減人間は考えて、反省なんてしない。
これがええ加減人間のエエところ。
だって、そうしないと生きていけないかもしれない。
ええ加減人間は、実は神経が極めて細かい。だから、些細なことも気になって仕方が無い。
いつもそわそわ、せかせかして胃が痛く、体を壊し寿命も早く尽きる。
だから、生き延びる術としてええ加減な生き方を身につけたのだ・・・なんて身勝手でええ加減な理屈をこねてみた。


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戸籍謄本も無事取得して、いざ、パスポートセンターへ。
夏場の旅行シーズンで、さぞかし混雑しているのかと思たら肩すかし。案外、スムーズに申請は終わった。

申請書を渡しときに、受付の女性が「10年もので良いですか?」と聞いてきた。
そう、この10年が微妙で、申請書を書く自分自身でも悩んだ。
10年後は72歳。
もう海外旅行をする元気がなくなっていそう。
いや、命そのものが続いているのやら心もとない。
5年ものだと67歳。これでも十分かも。


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受付で「10年もので良いですか?」と聞かれてちょっと躊躇したが、カラ元気を出して「はい」と答えた。
さあ、浪速ドけち根性を発揮して10年ものと5年ものの申請費用の差、5000円を取り戻すためにも72歳までは元気なジジイで居なければ。

ネガを踏んずけた

このところ、ネガフィルムのスキャンニングに明け暮れている。
フィルムで写真を撮っていたころはネガケースにも一家言持っていた。
(ちょっと大げさかも)
シート状のものの場合は、6コマの7段用のもの。
しかも、ネガフィルムの出し入れがスムーズに行えるように、一段一段の幅が出来るだけ広いもの。

ネガシートには横に6コマ入るけれども、ネガをカットするのは5コマにしていた。
6コマで切ると一番外側のコマに傷やホコリが付く可能性があるので、短目の5コマで切って、ネガシートの奥まで入れることで傷やホコリが付くのを防ごうと云う考えだ。

5コマで切っても、ネガシートが7段あれば5×7で35カット納めることができる。
それ以上は撮らない。
私個人はもっとエスカレートして、36枚撮りフィルム一本で30枚しか撮らない。
フィルムの最初のところで、空写しをたくさんする。

理由は現像ムラを避けたいから。
フィルム現像はステンレスリールのものを使っている。
フィルム現像のとき、巻き軸の中心付近に現像ムラが出やすいような気がしたので、そこのところは現像ムラになっても良いように空撮りを最初にたくさんしておく。

貧乏学生時代には.36枚撮りのフィルムで37枚・38枚と一枚でも多く撮れたら得だ・・・といったことで頑張っていたが、いまは不経済だけど30枚。

デジタルカメラになってしまうと、フィルム一本で一枚でもたくさん撮ろうと頑張っていた時代が懐かしい。
フィルムの時は一枚一枚が、デジタルカメラの場合と何だか質が違うように思える。
フィルムが上質で・・・なんてことを言っているのではない。
ただ、「違うよな・・・」って感じ。

今日はブローニーフィルムのスキャニングをした。
ブローニーフィルムのネガシートはネガが抜け落ちやすいのに、うっかりしていて、気づいたら床にネガが・・・
6×7なので2カット。
最悪なことに、そのネガフィルムの上に私の足が乗っかっていた。
平たく言えば、ネガを踏んづけていた。

問題は大事なネガかどうか。恐る恐る拾い上げてみると、前後にも同じようなものを撮っているカットだったので、まあ、一安心。
拾い上げたネガフィルムにはべったりと靴底のアディダスのマークがスタンプされていた。


オアフ島 ワヒアワ

ハワイ オアフ島

今日の写真は私に踏んづけられる難を逃れたネガの中から選んでみた。
最初の写真は以前に、プリントからスキャニングしたものを載せた記憶があるが、今回はネガフィルムからのもの。
2枚上下に並べてみた。上がネガから、下は若いときにしたプリントから。
同じネガからでも、プリントした日が違うと調子も違ってくる。
若い時の写真は力が入っていて、味付けが濃いね。
アンセル・アダムスさんは『ネガは楽譜、プリントはその演奏』と言っているが、まさにそのとおり。(何を偉そうなことを言ってるんだか・・・)
しかし、この写真はお気に入りだから、これを踏んづけなくてよかった。


オアフ島 ワヒアワ

二枚目は、パイナップル畑のトラック。
おそらく収穫するためのものだろう。
パイナップル畑も無くなり、こういった景色は今では見られない。


オアフ島 ワイメア ビーチパーク

最後は、二枚の写真を撮った町、ワヒアワを北に抜けてノースショアにある、ワイメア・ビーチパーク。
子供たちが岩上から海に飛び込んで遊んでいる。
この景色は今も変わらない。

62歳の13000歩

昨日の豪雨は凄かった。
記録的な大雨だったようだ。
その雨の中、焼き鳥屋に出かけ韓国からのお客さんと一緒に呑んだ。
韓国からのお客さんは全員、ショートパンツにビニールサンダル。
残念ながら、こちらは研究質に短パンとビニールサンダルは準備してなかった。
そうか、今思えば学生たちが暗室やスタジオに入るときに使うビニールサンダルが廊下に備え付けてあったのだ。
それを、履いて行けば良かった。

呑んで食べて、気がつくと雨は上がってしまっていた。
ドドーッと降って、ピタッと止む。
使い古された形容詞で言うと、「ゲリラ的な大雨」「バケツをひっくり返したような・・・」と云うことになる。
本来、日本の雨はジメジメと降るといったところが通り相場なのだけど、どうも南方的な性質の雨になってきている。
地球温暖化で、日本も亜熱帯から熱帯に変わりつつあるかのようだ。


CP0725.029 福岡市博多区千代 st35-

今日は、学生と撮影に出る予定だったけれど、昨夜の雨で怖じ気づいてとりあえず延期の処置。
しかし、今日になってみると、雨も上がり薄日すら射していたいたので、ゼミ室に集まったメンバーだけで撮影に出かけた。

当初は北九州まで出かける予定だったけれど、午後からの出発ということで、近場に変更。
場所は、私が勝手に決めた。
いつものよに地図を広げて思案。
学生に何処に行くと云うことも言わずにバスに乗せた。
バスを降りたのは〔石戸王大橋〕。
石堂大橋、千鳥橋辺りの博多区千代は古い町並みが残っていてちょっと面白い。(学生たちにとってはどうだか分からないけれど)


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こういった町にはくすんだ趣きがあるのが好きだ。
女性は肌にくすみが出るのを忌み嫌うようだが、これも年齢を重ねた証し。
仕方ないんじゃないの。
問題は、そのくすみを美に置き換え、魅力に転化させる生き様・・・でも、やはり女性の肌と町の上っ面とはやはり違うか。

町のくすみは良いよね。
この「くすみ」は一朝一夕にできるものではないので、大切に掬いとってみる。
まるで、「侘び寂び」、骨董の世界だね。
と云うことは、目利きでなければこの真価は分からない。

CP0725.055 m


今日は私の62歳の誕生日。
本日は13000歩余り歩いた。
万歩計を持ち歩くなんてことも年寄りの証し。
くすんだ肌に、薄くなった目(頭じゃないよ)。
そろそろ町の目利きになれる年齢かも。

アメニモマケズ

CB1122 (072)Psn51-12.8


いやー、本当によく降る。
まるで熱帯雨林の雨のようだ。(想像だけど)
やはり地球の温度が上がっているのだろうな。
車にしても、エアコンにしても、中に閉じこもっていて快楽を享受している身としては、外にどれだけ熱気を吹き出しているのかということは実感できない。
快適さを求めるあまり、目をつむって知らん顔ばかりしていると大変なことになるような気がするのだけれど・・・
人間というやつは、痛い目を見ないと己の愚かさに気づかないということは、これまでの歴史が証明していること。
そろそろ痛みが伝わっても良い頃だと思うのだけど、なかなかね。


CB1031 (075) 福岡県相島

普段は、雨に濡れるのが大嫌いだから、雨の日は外に出たがらないのだけど、今日はどうしても外せない約束が二件あり、豪雨の中を外出。

大学の北門のところは既に雨水が溜まっており、そこで我が靴は敢えなく水没。
靴の中に水が入り、歩くたびにぐっじゅぐじゅと音が鳴る。
こんな体験、子供のとき以来。
餓鬼の頃はぐっじゅぐじゅ言わせながら歩くのも楽しかった記憶があるけれど、この歳になると情けないものだ。

用事を済ませて大学に戻ったときには、靴の中だけではなく、全身濡れ鼠。
ワイシャツやスラックスなどの着替えは研究室に置いてあるので、濡れ鼠の衣装を着替えてホッとしたところで、夜は呑み会。

そかし、会場が中途半端な距離。
タクシーを呼ぶには近すぎるし、こんな日にタクシーは都合良くやってくるとも思えない。
ぎりぎりまで雨の様子をうかがっていたけれど、一向に雨脚が弱くなる気配はなし。
仕方なく、歩いて行くことを決断。


東京都台東区浅草橋

当然、店に着く前にまたまたずぶ濡れ。
こんな日に呑みに出かけてくるやつは居るんかいな???
と、思ったら、なんとお店は満席。
熱気ムンムン。
飲酒運転をする訳にはいかないので、皆さん私同様歩いて・・・
ご苦労。
アメニモマケズ・・・
酒飲みは頑張るね。

最後の一口

我が家の朝食は午前6時くらいと決まっている。
日祭日も基本的には変わらない。
年寄りだから早起きなのもあるけれど、猫に起こされるので仕方なく6時前には床を離れる。
だから、正確には猫の朝食が6時前。
起きたついでに人間様も朝食を食べると云ったとこどだ。

朝食が早いので、昼食まで腹が保たない。
当然、10時くらいに間食が入る。


CS0924.140.31 熊本県葦北郡 zm35

本日の間食は「おかき」。
小袋にいろんな種類のおかきが入っていた。
それほど気にも留めないで、一つずつ食べて最後の一個を口に入れたとたんに後悔した。
食べる順番を考えるべきだったと。
最後に残っていたのはざらめ砂糖が表面についた甘いおかきだった。
最後は甘いのではなくて、醤油味で決めくくりたかった。

「好きなものから食べるか、好きなものは最後に食べるか」ということがよく話題になることがある。
普段、食べているときにはそんなことを考えてずに、無意識に口に放り込んでいるが、振り返ってみると、どうやら好きなものから箸を付けているようだ。
しかし、あまり好きでもないものが残らないようにバランスをとりながら食べているようだ。
そして、最後は、また好きなものを食べてお終いにする。
つまり、最初と最後の一口は好物ものを食べることで「美味しかった」「ごちそうさま」と云うことになる。


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写真の撮影においても、日も傾きそろそろ今日の撮影も打ち上げかなと思い始めた頃に、何か美味しい(良い被写体、好みの状況)ものが撮れると、その日の撮影は多いに満足できるものになる。
しかし、写真の場合は、何が出てくるか分からないので、最後に大好物が出てくるかどうかは勘に頼るしかない。

いずれにしても、最後の一口は大事だ。


CS0925.147.31

今日の写真は、一泊二日で熊本を振り出しに、宮崎、鹿児島と旅行したときのもの。
一枚目は旅のスターと段階でのもの。
二枚目は一日目の終わりに撮ったもの。
三枚目は二日目の朝、最初に撮ったもの。
この旅は多いに満足できる旅だったことは云うまでもない。

26年後

このところ皆既日蝕とかで大騒ぎしていたが、いよいよ今日がその当日。
福岡でも朝から雨がぱらぱらと降り出し、空模様は残念ながら日蝕日和とはいかなかった。
特に興味もなかったので、普段通りに仕事をこなしていたら、知らないうちに日蝕は終わってしまっていた。
南の島では長時間皆既日蝕が見られるとかで、大挙して押し掛けたみたいだけれど、雨と風で日蝕どころではなったったらしい。

CP0722.013 福岡市東区 st35


皆既日蝕を日本国内で見られるのは46年ぶりと云うことらしいので、以前、皆既日蝕があったのは私が中学生くらいのことになる。
当時のことは全く記憶にない。
今回の日蝕ほど大騒ぎしていなかったのだろうか。


CP0722.001 福岡市東区 dp2

いつのことかは分からないが、色の濃い下敷きなどをかざして太陽を見たような記憶がある。
また、ガラス板にろうそくのススを付けて見ると良いという知識も記憶の片隅に残っている。

しかし、今回のマスコミ報道の中で、日蝕を見るには専用のグラスが必要だとか。
これまで、私たちが教わってやってきたことは目に悪影響を与えダメと云うことらしい。
「知らぬが仏」と云うけれど、ずいぶんと無茶なことをしてきたのだろうな。
終戦直後、のみやシラミを駆除するのに頭からDDTをぶっかけられたり(私は経験がない)、ツベルクリンの注射針を使い回しにしいたり・・・

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国内で次の皆既日食を見ることが出来るのはは26年後だとか。
だとすると88歳になる計算。
無茶なことをしたち、されたりしてきたこともあって、この命、それまでは持ちそうにない。

今日の掲載写真、最初の二枚は本日撮影したものです。
日蝕の日だからと特にそれを撮ることもなかったが、一応、空を見上げて撮ったものと、雨がパラッと降った様子が分かる写真を選んだ。

お約束の

我が家には猫が三匹同居している。
飼い主が高齢化しつつあるように、猫も高齢化傾向だ。
猫の年齢を人間の年齢に換算してみると、飼い主よりも高齢になると思われる猫が二匹。労りながら一緒に暮らしている。
猫たちと長く一緒に暮らしているうちに、猫と人間の間に約束事のようなものができてくる。


CB1031 (058) 福岡県相島

例えば、朝、私を起こしにくる猫との間には一日の始まりの約束事がある。
二階に寝ている私が起き上がり、階下に降りようとする横を猫も一緒に付いてくる。
漫才コンビの舞台上の立ち位置が決まっているように、階段を降りるとき猫は必ず私の左側を歩く。
そして、階段の途中にある踊り場(それほど大袈裟なものではないが)のところで、猫は前足を挙げて立ち上がる。
そのとき、頭を私が軽くなでてやる。
これが、私と猫との一日の始まりの合図であり、猫にとっては朝ご飯を貰うための行為なのだろう。

最近、犬の言葉を翻訳する機械のようなものが発売されたと何かで読んだことがあるが、その猫バージョンはまだ出ていないようだ。
猫は犬よりも複雑な感情表現があるのだろうか。

猫たちとのお約束は、コミュニケーションでもある。
共通の言葉をもたないものだから、猫は鳴き声とは行為によって自分の意志を伝えようとしてくる。

二匹の猫は食事が欲しいときには、念力を送るように、じーっと私の顔を見続ける。
「腹が減ったよ〜」と鳴いて訴えるのは一匹だけ。
いずれにしろ、猫は自分の要求を伝え人間に聞き届けさせる術を身につけている。その要求が強いものだから猫は我がままだと言われる。


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部屋でパソコン作業をしていると、一匹の猫が邪魔をしにくることがある。
遊んで欲しいと画面の前を右に左に動き、キーボードを足で踏んづけたりするので多いに迷惑だ。
そのうち、この猫との間である約束事ができた。

パソコンが置かれたテーブルの横に、小さなソファーを置いている。
猫が、邪魔をしにパソコンのテーブルに跳び乗ってきたら、私が横のソファーを指差す。
そうすると、猫はそのソファーに跳び移り、お腹を見せたりしてごろごろする。
そのお腹などを触ってやると仰け反るように喜ぶ。
ある程度したら、目子は落ち着いてソファーの上でおとなしくなり、うつらうつら居眠りを始めたりする。

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これらの、猫とのことは「お約束」だから聞き届けてやることが大事。
ソファーに跳び移った猫を無視してはいけない。決して期待を裏切ってはいけない。
期待に応えてやることで、お約束の関係、つまり信頼関係はより深まる。

いろんなお約束は、猫の行為をよく観察しているうちに出来上がってくる。
観察力は写真を撮るときにも必要だが、写真で培われた観察力が生き物と暮らすうえで役にたってくれているようである。

父親と息子

いよいよ今日で担当する前期の授業がすべて終わる。
学生たちにはこの後テストと云う難関が待っている、教師の側は、とりあえず一段落だ。
後は採点で苦しまなければならないだけ。

試験が学生にとって「難関」と言ったが、今の学生たちは私たちが学生のときほど試験を苦にしていないようにも見える。
試験直前になっても余裕の姿勢である。

「試験ができなくても何とかなるさ」といった感じだ。
実際、教師の側ができるだけ落第生がでないように、採点にこころを砕く傾向があるので、学生たちは自然にそういった感覚が植え付けられてしまったのかも知れない。


鹿児島県垂水

朝、研究室で一時間目の授業、ゼミナールの準備をしていたら来客があった。
これから授業の始まる三年生のNくんのお父さんであった。
「仕事で福岡に「でてきましたので・・・」と丁寧なご挨拶をいただき恐縮であった。
鹿児島から福岡に仕事で来られ、忙しいスケジュールの合間を縫って、息子の教師のところに出向くのは大変なご苦労であったかと思うが、息子を慈しむ父親のこころが伝わってきた。

息子にとってオヤジがじつに鬱陶しい時期がある。
私は、精神科医でもないし、親子関係の専門家でもないので素人考えではあるが、子供が精神的に一人前の男になろうとしているその時期が、父親が目の上のたんこぶのように思える時期かも知れない。
それは、父親を競争相手と意識し始めることなのだろうか。


CS0924.145.33 鹿児島県垂水 zm35

私の父親はすでに他界している。
お定まりのように、父親の存在を鬱陶しく感じていた時期もあるが、こころの奥底では信頼していたように思う。

若いときに、父親の行動を見ていて、なんて馬鹿なことをするのだろうか・・・と思っていたことも、人生が一筋縄でいかないことを知った、この歳になるとそのときの父親の行為が理解できたり、「それもありかな」などと思えるようになった。
これは、若いときに反発しながらも、信頼していた気持ちがあったからこそなのかも知れない。


CS0925.149008 鹿児島県東串良 B65

Nくんと父親の真の関係については、余人の知るところではないが、息子の教師を訪ねた父親としての行為と、それを特に嫌がりもせず、サラッと受け流したNくんの様子をみている限り、ほど良い父親と息子の関係がそこにはあるように思えた。

手みやげに頂いた私の好物、「明石屋のかるかん」は、ゼミの授業で仲間と美味しく頂いた。
「かるかん」の甘味のおかげで前期最後のゼミナールの授業は和やかに終えることができた。
でも、採点は甘くないぞ。

土用の丑の日

「土用の丑の日」は〈うなぎ〉にとっては厄日。
可哀想だけど、うなぎ好きとしては、こんな日にはきちりと食べておきたいものです。
所用で街にでかけたので、ついでにデパートの地下の食品売り場を覗いてみたました
もちろんうなぎ目当てです。

福岡の天神には三越、大丸、岩田屋と三軒のデパートがあり、それぞれの食品売り場は、まさに〈うなぎの日〉でした。
こういった時にはデパート側も有名なお店を引っ張ってくる努力をするのでしょうが、いつも言うように私はへそ曲がりですから、有名店でなくても構いません。
どちらかと、名前が先行しているような店は願い下げにしたいくらいです。

あるデパートの地下では、柳川の有名なお店を出店させて、この日のために力を入れて販売をしていました。
店員なのか、アルバイトなのかは知りませんが、若者数人が大声を張り上げて売り込みをしていました。
その呼び込みの声が、私には騒音としか聞こえませんでしたので、へそを曲げました。
それに、以前、柳川でこの店のうなぎを食べたのですが、それほど美味しいとも思わなかったこともあって、他の店を探しました。

その、賑やかなお店の裏側に、こじんまりとしたスペースでうなぎを売っている店がありました。
熊本は人吉のうなぎ屋さんで、裏側の柳川の有名店に客を奪われてしまっているのか、静かなものでした。

その店の前でしばらく考えた後に、ここのうなぎにすると決めました。
決めた理由は特にありません。
ただ、勘が働いただけです。へそ曲がりの勘です。

代金を支払い、うなぎを受け取るときに、店の人が言った一言が気に入りました。
「美味しくお召し上がりください」
この一言に妙の人の、うなぎへの愛情を感じたのです。
あたりまえなら、「ありがとうございました」でしょうが、「美味しくお召し上がりください」です。
予想に反した一言が、私の壷にはまってしまったようです。
良いお店を選んだと、食べる前から満足な気分になりました。

もちろんうなぎも美味しかったのですが、お米が美味しかった。
今年は土用の丑の日がもう一回あるそうです。
うなぎくん、厄日が二度あって大変だけど、美味しく頂きますよ。

ということで、今日の写真は〈うなぎ〉の写真と言いたいところですが、残念ながら、うなぎはカメラの中ではなくて、腹の中に納まってしまいましたので、写真はありません。
熊本と柳川がらみの写真で勘弁してください。

CB1210.049 福岡市博多区 M8.2et28a

福岡県柳川市

最初の写真は博多区の美野島商店街で見つけたものです。
もとは野菜か果物を扱っていたお店なのでしょうか。
壁に熊本のみかんの絵が描かれていました。

蛇の写真は柳川の川沿いの公園で出会ったものです。

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

飲み会

今日は上天気だ。
大学に向かう道沿いにある田んぼの稲も、朝の光に輝きいよい夏本番と言いた感じだけれど、北部九州はまだ梅雨は明けていない。

CP0718 福岡市東区 st35


私はまだ60余年しかこの地球上のことを経験していないし、もちろん生まれる以前のことは分からないが、大きく言わせてもらえれば、地球はこの数十年で最も環境が大きく変化しているのではないかと思う。
これが、良いことなのか悪い兆候なのかは正直、分からないけれど、その変化に私たちの生活をうまく合わせていくのも大変だろう。

CP0616-026 福岡市東区 dp2-


普段、土曜日は授業を行わないけれど、今日は補講日で、二科目授業をした。
半年で必ず14回の授業をやらなければならないが、都合で一回、授業を飛ばしていたので、その分を本日行った。
補講日は授業が入っても良いように四月の段階で学生たちに公表しているのだけれど、多くの学生たちはそんなことお構い無しにアルバイトや予定を入れてしまっているので、授業の出席率は普段より悪い。

とくに今日の二時間目の授業(デザイン学科の学生対象の「写真学概論」)のように、普段は三時間目にある授業が補講の時間割で二時間目に変わると、その影響も出てくる。
授業を終えて教室から出た私を、妙な顔で見る女子学生がいて、その横を通り過ぎたら、後ろから追いかけて来て、「授業は終わったのですか・・・」と聞いた。
他にも、これまで一度も休んだことの無い学生が休んでいたりするので、授業時間間違いではないだろうか。
私も、ポカが多い人間だからこの手の学生は可哀想におもうのだが、終わったものは仕方がない。
最初と最後の授業は教師にとってもちょっと違う。
気合いの入り方が違う。
体操の選手が鉄棒演技の着地にこだわるように、私たちも締めくくりにあたる最後の授業には気合いを込める。
そんな授業は一人でも多くの学生に聞いて欲しいと思うのだけれど、今日はちょっと残念。

デザイン学科の授業の後は、昨日同様、写真映像学科の「写真実習」の授業。
いよいよ、映像メディアコースの2年生にとって今日が最後の写真の実習授業。
こちらの授業は、全員出席。
普段からあまり休む学生の居ない授業だけれど、補講日の授業まで全員出席とは驚きだ。
私の授業が素晴らしいから、学生が休まないなどと自惚れたことは思っていないが、嬉しいことは確かだ。
半年間の授業、こんなもので良かったのかどうかは分からないが、全員出席で終わることができて、ホッとした。

実習の授業は私のゼミの三年生、四年生にも手伝ってもらっている。
愛護の授業が終わった後、打ち上げをした。
場所はいつもの『餃子王』。
今夜の餃子王の料理は、いつもより、ちょっと塩味がきつい。
私は酢には強いが、塩味にはきわめて弱い。
私は関西育ちだから、普段から薄味好みで、我が家の料理の味付けもそなので、今日はちょっと苦しかった。
でも、頑張って食べた。
食べ放題、飲み放題だからね。
食べないと損といったことではない。
料理を残すのが嫌なのだ。


CS0924.142.03 熊本県葦北郡 zm35

呑んで、食べて・・・と言いたいところだけれど、最近の学生たちは『草食系』と言われるように、あまり呑まないし、食べないし、羽目も外さない。
おとなしくて真面目。草食系と言うよりか『僧職系』と言っても良いくらい。

ええ調子や・・・

前期の授業もいよいよ大詰め。
四月に始まって、半期14回の授業はあっと言う間に終わってしまう。
大学の授業が前期または、後期の半期制になって以来、どうも調子が掴めないで、未だに苦労している。
スロースターターの私にとって、スタートと同時に猛ダッシュしなければならない短距離走型の半期制はどうも苦手。
本来、教育は時間がかかるものだと思っている。
それを、ファーストフードの店のように、ポンポンポンのポーンと押し出すような訳にはいかない。
とは言っても、制度がそうなっている以上、やるしかないので、頑張ってみては居るけれど、なかなか。

今日は二年生の「写真実習」の授業。
授業時間が十分でなく、これといった効果を上げることが出来ないままここまで来てしまった。
私としては不満足だけれど、それは欲目というもので、学生たちはこの半年で着実に力を付けて来ていると感じている。
まあ、ええ調子や。
嬉しいことだが、やはり、まだまだかな。
上を見れば切りが無いとは思うけれど・・・

しかし、種は撒き、土に肥料も入れたつもりですから、時期がくればなんとかなるでしょう。

今日も、卒業生のYくんとの熊本・宮崎・鹿児島の撮影旅で撮った写真の中から選んでみた。
熊本・宮崎・鹿児島とくれば、そう焼酎です。
今日は、酒をキーワードに選んでみた。


CS0924.140.25 熊本県葦北郡 zm35

旅のはじめは熊本。
Yくんが熊本在住のため、私が熊本までJRで出かけ、そこからYくんの車で旅が始まる。
だから、熊本は出発点と云うだけで、今回もあまり撮影はしていない。
本来ならここで球磨焼酎関係の写真を載せられればよいが、残念ながら、見当たらなかった。
唯一、使われていないビールの自販機を撮っていたで、中身のほとんどは清涼飲料水だったが〔酒〕絡みということで許していただきたい。


CS0925.149003 宮崎県串間 B65

宮崎では串間で『松露』の看板を撮っていた。
日向特産、天下一品、優等焼酎と書かれている。
天下一品、優等焼酎というキャッチフレーズがなんとなくズキンとくる。


CS0924.143027 鹿児島県姶良郡 n24-50D

鹿児島は姶良郡で撮ったベンチに『さつま』の文字。
こちらは『優等焼酎』ではなくて、『純良焼酎』である。
なんとなく、作り手の真心をかんじさせるようなキャッチフレーズでこちらもズキンときた。

もちろん、ズキンとくるのは胃の方にである。
呑みすぎて胃が痛いのではないぞ。(念のため)
今夜も、きっと、ええ調子や・・・

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みかん猫67

迂闊でした

鹿児島の内之浦で撮ったと持っていた写真が今回スキャニングしたネガフィルムの中に見当たらなかったので、同行してくれたYくんに問い合わせてところ、それは平成17年の9月25日ですよ・・・と連絡を受けた。

言われるまで、内之浦にニ度で掛けたことをすっかり忘れていた。
迂闊だった。
そこで、早速、平成17年の9月のネガを引っ張りだしてみた。

やはり、一泊二日で、熊本・宮崎・鹿児島と駆け抜ける旅をしていた。
ネガを見てはっきりと思い出した。
こちらの方は撮影からそれほど時間が経過していないので、ネガに写っている写真はすべて記憶しているものばかり。
この記憶が10余年前の内之浦と重なってしまっていた。

最初に内之浦に出かけたとき、お気に入りの一枚を撮った。(亀カメラ2007年7月7日参照)
その記念すべき(?)場所は随分と様子が変わってしまっていてがっかりしたことを思い出した。
海にせり出した展望台は「立ち入り禁止」の札が下がっていた。

鹿児島県内之浦


私が気にしていた床屋のショーウインドーの写真は今回撮影したなかに見つかったが、記憶の中の写真とは違って平凡な写真だった。

鹿児島県内之浦


先回同様、今回も熊本・宮崎・鹿児島で撮ったネガフィルムをスキャニングしてみることにした。
撮影した本数は12本と一泊二日の旅としては多い。
ブローニーフィルムが4本混ざっているが、それにしても多い。
撮影本数が多いから、良い写真がたくさんあるかと云うと、皆さんもご存知のように、そうはうまく行かなものです。

今回は処理する本数も多いので、スキャナーはウインウイン言いながら朝からフル稼働。
その作動音が時折「なんまいだぶ・なんまいだぶ」(南無阿弥陀仏)と念仏のように聞こえてきます。
「こき使うと過労死なんてことになるぞ・・・なんまいだぶ・なんまいだぶ」なんてスキャナーがぶつぶついっているように聞こえる。


鹿児島県内之浦

『内之浦へまたどうぞ』
もう一度、来れるかどうか分からない歳になってしまった。
残された時間はどんどん少なくなる一方で、行ってみたい所はたくさんあるので。

北九州へ

仕事で北九州に出かけた。
世に『出前授業』とか『出張講義』と言うやつ。
高校側から依頼を受けて、のこのこ出かけで授業をする。
これも、受験生募集対策と云うやつである。

私が話せる内容は〔写真〕の話くらいのものだが、いまどきの高校生が興味を持てるような内容のものは持ち合わせていない。
例えば、芸能人の写真を撮っているわけでもなく、みんなが驚くほどの写真でもなく、はたまた最新のデジタル技術を駆使して高校生を煙に巻くような手練手管もない。

せいぜい〔猫〕と〔ハワイ〕の写真くらいだろうか。
まてよ、「スローな写真ライフ」なんてのも、今風で良いのかもしれないな。
しかし、「スロー」なんてのは、ちょっと疲れた系だから、意気軒昂な高校生にはやはり、向かないかもな。

今日は、「芸術学部ってこんなとこ」なんてことを話してきた。
話下手な私の話を長時間聞くのは高校生にとっても苦痛だろうし、「大学の授業ってこんなに面白くないの・・・」なんて高校生に印象づけたのでは、出前授業に来た甲斐がない。
そこで、スライドを準備するのだけれど、大概の高校はスライド上映ができるような環境を持っていない。

今日の教室も、明るい部屋に黒板に白い紙を貼っての急ごしらえ。
もちろん、パソコンと液晶プロジェクターはこちらから持参。
この荷物が車を持たない私には応える。

北九州市八幡

帰りは雨模様。
荷物もって傘差して・・・ますます大変。

今日で、10年くらい前の鹿児島&ちょっと宮崎の写真はいよいよ最後。
〔亀カメラ〕には三枚くらいの写真を載せている。
文章を睨みながら、少しは組み合わせを考えたりして写真を選んできた。
今回の旅行中に撮った写真も、此処まできたところで数枚の写真が残ってしまった。
そのうちの二枚が今日の写真。

最初と最後くらい、お気に入りの写真を用意しないとね。
幸い、お気に入りの写真が一枚残っていた。最初に見てもらった展望台の母娘の写真と同じくらい気に入っている。
気に入っているのだけど、今日まで載せるチャンスが無かった。


鹿児島県

その前に、何が良いのか分からない写真を一枚。
選び出した写真なので、私的には嫌いな写真ではない。でも、何処がどう気に入っているか?と問いただされても納得してもらえる説明にはならない。
一言で言えば光。


宮崎県

さて、最後のお気に入り写真。
この写真で皆さんを煙に巻くつもりはありません。

いつか撮りたいテーマ

鹿児島で撮った写真もそろそろ底を突いてきたので、帰路に通過した宮崎での写真を選んでみた。
地方の道路を車で走っていると、このような光景をよく目にする。

1.9


こういったものを目にするたびに思うことがある。
なかでも、私が特に心動かされるのは廃業をしてしまったドラーブインだ。
それも、繁華な場所を外れたところにある、小さな食堂系の店の方がせつなくて良い。

何を思うか。
それは、店主の気持ちだ。
ここに、新しく店を持ったときの高揚した気分。
思ったほど、お客が入らず、折角開いた店を閉じなければならなくなったときの苦悩と無念さ。

料理人の腕としての腕があり、一本立ちしたいという望みがあって、ようやく持った自分の店。
しかし、店の経営は料理人の腕だけでは、成り立たないのかもしれない。

読みが外れたり、ほんの少し風向きが変わったり、運がなかったり・・・
その結果が目の前に放り出された光景で、そういったものを見るたびに運命の儚さを感じてします。


PB1115.207.33 M5+sn35

いつか、そういったところを大型カメラを用いて、冷静な目で撮ったみたいと思っているた。しかし、車を持たない私にとって、ドライブインを大型カメラで撮ることは、被写体探し、重くて大きな機材の運搬など問題は多かった。
そうこうしている間に、私の写真はフィルムからデジタルに変わりタイミングを失してしまった。
方法論はどうであれ、いつかはやってみたいテーマだ。

私の家の近くを走る国道三号線にも運に見放されたような場所がある。
その場所はいろんな店が開店しては閉店しといったことを繰り返している。
車の往来が激しいところで場所として悪くないと思う。
欠点と言えるかどうかは分からないが、駐車場がその店の一軒挟んだ隣にあるので、一見、駐車場が無いようにも見える。
また、信号のある交差点のすぐ近くであるため、信号が変わりそうな時には加速して車は店の前を通り過ぎるだろうし、信号待ちをしていて、いざ発進と加速するところでもあるので、よほどお気に入りの店でない限り客は入って来ないように思える。

そんな場所ではあるが、今はラーメン屋になっている。
この店は美味しいのか、わりと客の入りも良くてこれまでの店に比べると長続きしている。
今度は成功かなと見ていたら、すぐ目の前に有名ラーメン店の支店ができた。
運が悪いのか、やはりあの土地が尽きに見放された土地なのか、このところ客が減っているように見える。

選挙結果

東京都の都議会議員選挙の投票結果が出た。
このところ政治の世界が大混乱している。どうやら、国会において与党と野党の入れ替わりが起きそうな情勢きだ。
政党自体は、目くそ、鼻くそ・・・、ドングリの背比べなので、与党と野党が入れ替わっても我々庶民の生活はそれほど大きく変わらないだろうと私などは考える。
影響を受けるとすれば、今の体制下で甘い汁を吸っている輩の蜜の味が変わるくらいだろう。
しかし、変化は刺激を生む。
ここらで何らかの刺激が必要ではなかろうかと思わないでもないので、どうなるか楽しみに見ている。


PB1114.205.14 鹿児島市 M5+sn35

いまこの国のリーダーと云われている人の言動を見てみても、政治家の感覚と庶民の感覚とが大きくずれていることは明らかだ。
もちろん政治家とは天下国家を論じなければならない立場でもあるから、庶民の感覚で政治をする必要はないのかも知れない。
しかし、大政治家と云えども人気商売の世の中、庶民のご機嫌も伺わなければならないだろう。
そうしたときの言動が、庶民の感覚とが大きくずれている。

目の前にぶら下げられた餌を食べるしかない切迫期のいま、遠い先のことを言ったり聞いたりする余裕がない。
そんな足下を見透かして、目の前に美味しそうな餌をたくさんばらまくような人気取りだけはやめて欲しいし、庶民の方も、もう少し頭を使うべきではないだろうか。

結局、国会で与党と云われる政党に所属する議員たちが都議会議員選挙でも多く破れた。
破れた党の代表者たちが口を揃えて「今回の選挙は東京都と云ういわば地方レベルの選挙で、地方と国は違う」と云うけれど、本気でそのように考えているのだろうか。
そんなはずは無い。
きっと、反省は棚上げにして、目の前に迫った自分たち国会議員の選挙のために、人気取りのご機嫌伺いやばらまき政策がはじまるに違いない。

さて、そういった言わば目くらましの政策が、今回も通用するのだろうか。
もし、通用したらこの国の政治家と官僚は、ますます国民を馬鹿者扱いをするのではなかろうか。


PB1114.203.30 sr28

〔亀カメラ〕は政治向きのことを話す場ではないので、選挙結果についてはサラッと流すつもりであったが、ついつい、ぼやきが長くなってしまった。
写真の世界でもイデオロギーや社会性を全面に打ち出したて撮られる写真がある。我が国ではこれが写真の王道のように語られることが多い。
そういった写真を否定するつもりはないが、何事も一本槍はいけない。何事も。
本来、イデオロギーについて語ることを苦手としている私にとっては出来ない相談だし、そういった私のような人間の撮る写真もあって良いはず。


PB1114.205.36鹿児島市 M5+sn35

さて、10年ほど前に鹿児島で撮った写真で一週間過ごしてきた。
一泊二日の旅で撮った写真で一週間以上楽しめるのだから、写真は良いよね。
撮影したことすらすっかり忘れてしまっている写真ばかりだから、懐かしくて楽しい作業だった。

ペラペラ

昨日の〔亀カメラ〕では、今時のレンズはぺらぺらだと少々生意気なことを書いた。
どうも、昨今のものは総じて薄っぺらなものが多いように思える。


PB1114.206.05 鹿児島内之浦 M5+er28
PB1114.205,11c

今日は下着の話から入ります。
いやいや、男性下着のことしか分かりませんので、妙な期待はしないで貰いたい。
最近、ある種の機能を持たせた下着が多くなった。
例えば汗をかいてもすぐに蒸発させてしまう下着とか、涼しい、または暖かい下着とか、臭いを防ぐ下着等々。

私も、歩き回って写真を撮るので汗をかいたりするので、汗で下着がじめじめするのは嫌だ。
いつでもサラッとした肌触りなのは有り難い。
また、冬場なども寒い中で撮影することもあるため、発熱する下着なども愛用している。

それらの機能そのものは必要なのだが、室はその素材が嫌だ。
シルクタッチとでも言うのだろうか。妙につるつるとしていてしなやかである。
まるで女性の下着のようで、この感触が私は嫌いだ。
タンスの引き出しに仕舞っておいても、妙にだらだらとしてだらしがない。
やはり、男の下着は木綿の多少ごわごわしたくらいが良い。
スキッと折り目のついた木綿ほど気が引き締まるものはない。


PB1114.206.22 鹿児島市 M5+er28
PB1115.207.04 鹿児島市 M5+sn35


最近のカメラなども、人間工学かなにか知らないが、妙にグニャグニャし過ぎている。
Nikon FやCanon F1のように手に反抗するくらいの方が、「しっかり握らなければ」と気が引き締まると云うものだ。

今回、鹿児島の旅に連れて行ったLeica M5もそんなカメラだ。
少し大柄なのが玉に傷だけど、故にブレ難いということだ。

今日の写真は〔看板〕でまとめてみた。
先ずは「南州仏壇」。妙に媚びたところがなくて実にさっぱりと、男らしい看板だ。
次が、南国の菓子、「兵六餅」と「ボンタンアメ」。店の名前も「国分屋菓子店」で、まさに鹿児島だ。
写真は二枚並べてあるが、どちらも上がSummaron 28mm F5.6、下がSummicron 35mm F2。
どちらが良いかは好みの問題で、正解はない。
私の気分も日々変わるので、一応、今日のところはと言うことで、「南州仏壇」の写真は上の28mm、「兵六餅」の方は下の35mmと云ったところだろうか。


PB1114.203.17 鹿児島 M5+et24a

そして最後は鹿児島らしい看板とは言えないが気になった看板。
こらは比較的新しい設計のレンズのELMARIT-M 24mm F2.8 ASPH.で撮った。
手書きの看板が妙に嘘っぱち臭くかった(失礼)のが面白くて撮ったのだろう。
今日の三種類の写真はすべて10年前に撮ったことすら覚えていなかったものなので、新鮮な気分で選んだ。


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みかん猫67

名玉

私はこれまでズームレンズを本腰入れて使った経験が無い。
常に広角系の単焦点レンズを使い続けてきた。
だから、ズームレンズが良くないと言い切るだけの根拠も持っていない。
ズームレンズを愛用している人たちから「分かってないな」と言われても仕方の無いところである。


鹿児島内之浦

私はなぜ単焦点レンスを使って、ズームレンズを使わなかったのか?
人それぞれレンズに求めるものが違っている。
私の周りに居る学生たちは値段を気にする。
便利さを優先させる人も居る。

私は何をレンズに求めてきたのか。
先ずは興味。
欲しいレンズがあれば、頑張って手に入れて使ってみる。
使ってみなければ分からない。
使っていくなかで、レンズとしての性能はどうなのか、操作性はどうなのか、デザインは好みに合うのかなどが検討される。

一言で言ってしまえば相性が合うのかどうかが問題である。
お見合い写真や仲人口(カタログ写真や宣伝文句)では分からなかったことも、実際に使ってみるといろいろと分かってくる。
カメラ雑誌の記事や、著名な写真家やライターのことばを鵜呑みにするのではなく、自分の目で確かめてみる。

では、なぜズームレンズは実際に使って確かめなかったのか。
それは見かけが悪すぎるから。(カメラやレンズについては案外と面食いである)
何事も大仰、大袈裟が嫌いな性分だから、ズームレンズはお見合い写真の段階で願い下げで、丁重にお断りだ。
レンズは奥ゆかしくて目立たないもの、小ぶりで可愛いものの方が良い。

それと、経験上、自分が撮る写真はこれくらいの焦点距離のレンズがあれば大丈夫と云うことが分かっている。不測の事態に備えて、いろんな焦点距離のレンズを持ち歩いたり、図体がでかいズームレンズを使う必要がない。
小さな単焦点レンズで十分事足りる。
だから、今後もズームレンズを使わないと思っている。


PB1114.205002 鹿児島内之浦 M5+sn35

私のゼミの四年生は全員、黒白フィルムで写真を撮って、印画紙にプリントして卒業制作の作品を作っている。
彼らの作ってくるプリントを見ていていると、プリントの上手い学生は単焦点レンズを使っていることに気づいた。
他の学生たちのレベルが低いとはとても思わない。
違いはレンズにあると考える。
シャープで諧調も滑らかなプリントは見ていて気持ちがよい。
無駄な苦労をしなくて済むように、「レンズを単焦点レンズにしてみたら・・・」と忠告してやりたいが、出費を必要とするアドバイスはなかなか難しい。


PB1114.203.06 鹿児島国分 M5+h35

私自身、撮影レンズによってプリントの調子が整えやすいレンズと、難しいレンズとがあることを経験している。
二三枚も焼けばきっちりと仕上がるレンズもあれば、何枚も何枚も焼いてみてもなかなか納得できるプリントに仕上がらないレンズもあった。
自分でプリントまでやっていると、レンズの本質をこの目で見ることができる。
良いレンズとは撮影にストレスがかからなくて、調子の良いネガが作れ、思い通りのプリントが作り易いレンズということになるのだろうか。

今日の写真は鹿児島でSummicron 35mm F2レンズを使って撮った三枚です。
このレンズは八枚玉と呼ばれ、世間一般的には「名玉」と言われているレンズです。
昨日のSummaron 28mm F5.6ほどではないが、諧調の豊かなネガを得ることができるレンズで、プリントもし易い。
ただ、世間一般に言われる「名玉」かとなると「?」だ。
確かに発売された当時の技術水準だと、素晴らしい出来のレンズだったのかも知れないが、今の時代、これ以上の光学性能のレンズはごろごろしている。
しかし、現代のレンズが真似できないものを八枚玉のSummicron 35mm F2は持っている。
それは、レンズとしての作り込みの良さである。
このあたりは、最近のぺらぺらレンズは見習ってほしいところだ。

撮影後10年あまり経過してしまうと、それらの写真は記憶の底に沈んでしまって、普段、思い出すこともない。
しかし、写真を引っ張り出して見ると、いろんなことが思い出されるものもある。
ここ二日間ばかりの〔亀カメラ〕では、1998年に一泊二日で鹿児島に撮影旅行をしたときの写真を持て貰っている。
その旅で撮ったと記憶している写真を先ずは見てもらったが、今日は撮ったことを全く覚えていない写真を三枚準備した。

鹿児島県内之浦


三枚に共通しているのはこれらの写真を撮ったレンズが同じと云うことだ。
使っているレンズは、Summaron 28mm F5.6。
ライカ用の古いレンズである。
解放F値が5.6と暗めであるからか、きわめて小さなレンズだ。
ガラス玉も小さく奥目でかわいい。

今回の旅で8本撮影して、その中から選び出した30数枚の写真のなかに、このSummaron 28mm F5.6で撮ったものが多く選ばれている。

鹿児島


私の写真は撮りっぱなしと云える。
フィルム現像をして密着焼きまではするけれども、その後の引伸しとなると展覧会など、なにか動機がなければしない。
多くの写真とのご対面は、退職後の楽しみにしている。

今回の8本のネガを引っぱり出した動機は、〔亀カメラ〕に載せる写真をスキャニングするためであった。
内之浦の海を眺める母娘の後ろ姿を撮った写真だが、この写真だけは密着後にはがきサイズにプリントた。
その小さなプリントをスキャニングして、過去の〔亀カメラ〕に使ったので、長く〔亀カメラ〕を読んでくださっている方の中には、写真に見覚えがある人も居るだろう。

当時に〔亀カメラ〕は事故で消失してしまったので、今回、再び掲載するにあたって、小さなプリントからではなくて、ネガフィルムからスキャニングすることにした。

鹿児島桜島


撮影後10年を経過して、今回、スキャニングするのも一つのチャンスと、8本のネガフィルム全部のカットをスキャニングした。

一枚一枚を丹念に見たのは今回が初めて。
そのなかに、一種独特な調子の写真があった。それがSummaron 28mm F5.6で撮った写真である。

印画紙にはプリントし辛いくらい軟らかな調子。
大きく落ちた周辺光量。
レンズが個性的な語り口を持っていてくれたことで、これらの写真は成り立っているのかもしれないと思ったとき、あらためて「写真はレンズ」だと実感した。

安っぽいズームレンズが氾濫する現代の写真界。
何の疑いも無くそれらのレンズに頼り切っている人たちも多いが、それで良いのだろうか。

10年あまり前に鹿児島に旅行したときに撮った写真のネガフィルムをスキャニングして、ホームページなどに写真が載せられるようにした。
写真作品としてプリントアウトのできるくらいのデータにすると、べらぼうなデータサイズになり、とても実用的ではない。
とりあえずは私が最も写真を使うホームページやスライド上映に使えることも念頭において、KGサイズ(ほぼ、はがきサイズ)にプリントアウトができる程度のデータサイズにした。
つまり、コンタクトシートではなくて、ある程度の出力(ポストカードくらい)にも耐える画質にしている。

いくら小さなデータサイズと言えども、一コマ一コマ、ざっとではあるが調子を整える作業もするため、鹿児島で撮った8本のネガフィルムをデジタル化するには少々の手間と時間を要した。

8本のネガフィルムからこれは・・・と思って選んだ写真は32枚。
これは・・・とは作品になるような写真と云ったことではない、ホームページに載せられるとか、授業の資料に使えるなどといったことも含んでいる。
お気に入りの写真なんてものは一日一枚撮れれば上出来だ。

今日もそんな鹿児島での写真のなかから、掲載写真を選んだ。
昨日は、「撮ったことを覚えている写真」でまとめた。
撮ったことを覚えている写真は昨日の3枚だけではない。
あと、6枚あるが、そのうちの3枚は帰路に宮崎で撮ったもの。
まとまりに欠けるが、今日は鹿児島で撮った三枚を見ていただくことにする。


PB1114.206.03

最初は内之浦で撮った〔風向計〕の写真。
なぜか分からないがこれを撮ったことははっきりと覚えている。
Summicron 35mm F2(8枚玉)とSummaron 28mm F5.6の両方のレンズで撮っているが、Summaron 28mm F5.6で撮った、フレアーがかった調子の方が好ましく思えたので、そちらを使っている。
しかし、なぜ、これを撮ったことを鮮明に覚えているのだろうか?
不思議と言えば不思議だ。


PB1115.207.29 鹿児島大隅半島

次は〔東大食堂〕。
ここで食事をするとお勉強ができるようになる・・・なんてことはないと思うし、店主がそんな気持ちをこめて店の名前にしたとも思えない。
息子か娘が東大に合格したのが嬉しくて店の名前にしてしまったのだろうか。
だとしたら、やはりお勉強ができるようになるのかも。

店の壁にはファイナンス会社の看板がべたべたと貼ってある。
子供を大学に行かせるのは大変なのだ。


PB1115.207.18 鹿児島大隅半島 M5+sn35

最後は〔郡境〕のバス停。
雑草の中に埋もれてしまったようなバス停で、撮影時点に現役のバス停として使われているのかどうかは定かではない。

PB1115.208.04 鹿児島大隅 MZ3+43

バス停に貼られた時刻表を見ると行き先は「鹿屋」で、朝の07:00に一本あるだけ。
乗り遅れたら大変だ。

撮ったことを覚えているのだか、写真が無いというのも今回あった。
内之浦の町で散髪屋のショーケースを撮った記憶があったのだが、その写真が見当たらない。
だいぶ耄碌してきたようなので、同行のYくんに問い合わせてみたところ、次のようなメールが帰ってきた。
『撮影メモ手帳を見てみましたが、床屋さんは05年9月25日ではないでしょうか?確か、その後、先生が巻き込んでしまったフィルムのベロ出しを近所の写真屋さんでやった事ありませんでしたか?』

これで次の、スキャニングは05年9月25日のネガフィルムと決まった。


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みかん猫67

PB1114.203.31


昨日の〔亀カメラ〕で鹿児島の内之浦で撮った写真を見てもらった。
あの写真は1998年に撮ったもので、10年の時が経過している。
10年一昔と言われているが、古い写真と云うにはまだまだ若い。

10年がそれほど遠い昔のことではないように感じられるのは、私の年齢の所為もある。
歳をとると目の前の時間の過ぎ去る速さに驚くばかりであるが、過ぎ去った過去のことは、つい昨日のことのようの思える。

七月は私が影響を受けた写真家、植田正治さんの亡くなられた月であるが、その植田正治さん持論、『ネガの熟成』をきっちりと守っている(単に、ずぼらなだけ)私にとっては10年では、やはりまだまだ熟成しきっていない気がしている。

10年前はまだフィルムカメラで写真を撮っていた。
昨日の写真はネガフィルムを引っ張りだして、スキャナー(EPSON GT-X970)でデジタルデータに変換して載せた。


PB1114.206.26 鹿児島桜島 M5+sr28 5.6

Y君との鹿児島撮影の旅は、一泊二日であった。
そのときのネガを見てみると二日で6本撮影をしている。
これは私にとってごく平均的な撮影ペースだ。

カメラはLeica M5二台に、Summicron 35mm F2、ELMARIT-M 24mm F2.8、Summaron 28mm F5.6。
その他にY君の機材を借りたりして撮っている。
フィルムはILFORDのDELTA 100を使っていた。

本日は、思い立って鹿児島で撮った6本のネガをスキャニングしてみた。
10年ぶりに見る写真は懐かしい写真もあれば、撮ったことさえ思い出せない写真もある。
『撮ったことさえ思い出せない』と云うことは、ネガが熟成してきた証でもある。そろそろ、これらの写真も日の目を見ても良い頃ではなかろうかと云う次第である。


PB1115.207.13 鹿児島桜島 M5+sn35

とりあえず今日は、撮影したことを覚えている写真を選んで載せてみる。
先ずは内之浦とくればロケット。
いろんな形のロケットが道ばたに転がって(失礼)いるのを、物珍しくて10数カット撮っているが、どれもこれも中途半端でいけません。

二枚目は桜島の〔恐竜公園〕(私が勝手にそう読んでいる)の恐竜。
ロケットと恐竜とくればSFみたいだ。

おしまいは、鹿児島とくれば桜島と桜島大根でしょう。
二つ一緒に画面に納まった一枚を選んでみた。
この空に「ラドン」でも飛んでいれば、完璧にSFの世界なんだけど。

今日の写真はどれもあまり上出来とは云えないものばかりだが、確かに撮ったという記憶はある。
それにしても、「はりぼて」のようなものばかりになってしまった。
中身が無くては、できた写真も、薄っぺらなものになるのだろうか・・・
そんなことはない。
薄っぺらは薄っぺらな面白さを引き出せば良い。
などと自問自答。

風を写真に撮った。

朝、通勤のために大学まで歩く。
時間的には小一時間くらい。
運動にはちょうど良い時間だと思っている。
写真が撮れる日もあれば、全くカメラの出番が無い日もある。


鹿児島県内之浦

歩くと暑い季節だ。
しかし、昨日、今日と心地よい風が吹いて暑さを感じさせなかった。
日陰を歩くときは帽子を脱ぎ、髪の毛を風になびかせる・・・と言いたいところだけれど、無い袖は触れないではなくて、「無い髪は風になびかない」である。
しかし、帽子を脱ぐとスカッとし、実に気持ちが良い。

今日はそんな心地良い風を写真に撮った。
風は写真に写るのか?
・・・風そのものは写らないが、風の存在は写る。
風と言えば、思い出す一枚の写真が私にはある。
今から10年くらい前に、卒業生のY君の運転する車でロケットの発射場のある、鹿児島県の内之浦に出かけた。


鹿児島県内之浦

ほとんど観光客も居なくて、海の見える展望台に母娘の二人が楽しそうに話しながら海を見ていた。
そんな姿を撮ったのが最初の写真だ。
続けて三枚撮った最初の一枚で、女の子の横顔からちらっと見える笑顔が気に入っている。
次のカットは、母娘がともに海を見ている後ろ姿、そして、最後のカットに「風」の存在が写った。
決して私が「風よ吹け・・・」と念じながらカメラを構えていたのではない。
「風」が悪戯好きなのだ。


今日撮った「風」は裏の白い雑草の葉が風に吹かれて裏返ったところだ。
一枚でも多くの葉が裏返ったところを撮りたいので、粘って何枚も撮った。

福岡市東区
福岡市東区


夜、枕元の窓を開けておくと、実に気持ちのよい風が入ってくる。
どこかの家の風鈴の音も一緒に飛び込んでくる。
ただ、猫が一緒に添い寝をしてくれるのであるが、この猫の体温が暑い。
体の上に乗ってこられるとたまったものではない。

しかし、これは猫も同様のようで、冬場のように長居はできないようだ。
暑くなったら、何やらぶつぶつ言いながら階下に降りていく。
きっと、暑い・暑いと文句たらたらだと思う。

Nikon Fが・・・

私の知り合いに買い物上手な人が居る。
どこからともなく(私にはそう見える)、お買い得なカメラやレンズを手に入れてくる。
掘り出し物を探し当てるべく、それなりの努力をされていることと思うが、うまく金脈を掘り当てる嗅覚は一種の才能だろうか。

CF0821.067 福岡市博多区 C175528


昨日、その人から「GN Nikkor 45mm」を手に入れたので、使い方を教えてくれとのメールが届いた。

「GN Nikkor 45mm」は私も大昔に使ったことのあるニコンの標準レンズ。
いわゆるパンケーキレンズと云われる厚みの薄いレンズで、携帯するのに嵩張らず便利なレンズであった。

今日のように、エレクトリックフラッシュ(ストロボ)撮影が自動で行われる以前、発光の強さを示すガイドナンバーから、カメラから被写体までの距離に応じて絞り値を計算してやらなければならない時代に、面倒な計算をしなくても済むようしたレンズである。
距離合わせのリング(ヘリコイド)のところに取り付けられたレバーをエレクトリックフラッシュのガイドナンバーが刻印されたところに合わせ機械的にカップリング出来るようにしたレンズ。
このレンズを使うと、被写体までの距離に応じて、自動的にレンズの絞り値が変わる。
お世辞にも良い写りをするレンズとは思わなかったが、エレクトリックフラッシュを多様する人たちには便利なレンズだった。

しかし、その後、エレクトリックフラッシュやカメラの露出機構の発達で、こういった機構を備えたレンズはこのGN Nikkor 45mmだけで終ったように記憶している。
パンケーキレンズは愛好者が多いようで、今でのこういったレンズは中古市場でそこそこの値段を維持しているようだ。

今回話のあったGNニッコールにはボディが付いていた。
それはなんとNikon F.
メールに添付された写真を見ると、後期型のようだった。
小さな写真なので程度のほどは分からないが、結構きれいな状態のようだ。
購入価格を聞いて驚いた。
デジタルカメラが普及し、フィルムカメラの苦戦が続いているので、中古価格も安いだろうと想像はできるが、『腐っても鯛』ならぬ、腐ってもNikon Fである。
捨て値で売られるわけがない。
と、思っていたのですが、これが予想に反して捨て値。
なんとボディとレンズ、合わせて8,400円なり。

東京都渋谷区


デジタル前夜の中途半端なカメラ・・・つまり、プラスチックボディに自動巻き上げ、オートフォーカスといったカメラだと、これくらいの値段で売られているのを見ることもあるが、さすがのNikon Fも腐ってしまっはおしまいということだろうか。

目くそ・・・

『目くそ鼻くそを笑う』と云うことわざを思い出した。
実力も無い、くだらないものどうしが、お互いを卑下し合うと云ったことの例えだと思うのだが、昨今の政治の世界を見ていると、まさにこのことだと思った次第だ。

CS0304 (02223)


Aという政党も下らなければ、Bという政党もつまらない。
(これは私の個人的な印象ですが・・・)
そんな二つの政党がああだこうだと相手の欠点を声高に吹聴し合っている。
まさに、『目くそ鼻くそを笑う』です。

いずれにしても、これまで政権を担当していた政党は、これまでの結果に対して駄目だしをされているのだから、そこのところを謙虚に受け止めて、おとなしく一旦、政権を譲り渡してみたら・・・と言いたい。
「如何なものか」とばかり言ってないで、お手並み拝見としたら「如何だろうか」。


CS0304 (02325)

カメラの世界の二大政党はと云えば、やはりニコン党とキャノン党だ。
こちらの方は「目くそ、鼻くそ」ではない。
どちらも、世界に冠たる大企業だ。
学生たちのカメラもこの二つのメーカーのものが大半。

私が学生だった時代(1960年後半)、学生たちの憧れていたのは、なんといってもニコン(当時は日本光学と言っていた)のカメラで、中でもNikon Fの黒塗りが一番だった。
「いつかはNikon F ブラックペイント」
しかし、実際は手が届かずに、もう少し安価なペンタックスのカメラが多かったように思う。

キャノンのカメラを使っている仲間はそれほど多くなかった・・・と云うかほとんど記憶に無い。
へそ曲がりな私はもちろんキャノン。
大学一年生のときはミノルタ(現在のソニー)SRT101、大学二年生のときにデザインが気に入ってキャノン FTというカメラに変えた。
FTからFTb、F1から最後はT90とNew F1でキャノンのカメラとの付き合いは終った。

ニコンとキャノンとは企業の性格も全く違う。
保守的で堅実なニコン、積極的に新しい技術をつぎ込むキャノン。
絞りリングやシャッタースピードダイヤルの回転方向、レンズの取り付け、取り外しの回転方向などなど、対抗意識丸出しで両メーカーは逆回転。

だから、ニコンとキャノンのカメラを併用するのは大変。
へそ曲がりはその大変をやっていた。
キャノンと平行してニコンのカメラ、F、F2、F3と使ってきた。
最も、長く愛用したのはNikon F3。
これは実に良く出来たカメラだといまでも思っている。
これほど使いやすいカメラは無かった。

ニコンとキャノンの併用時代から、キャノンが抜け落ちた後は、ニコンとライカの二刀流の時代を経て、最終的ニコンも消えて、ライカが私の伴侶となった。

これは、ニコンやキャノンが駄目だと云う訳ではない。
一眼レフというカメラより、レンジファインダー式と云われる構造のカメラの方が私に合っていたからである。
国産のレンジファインダー式カメラの、ミノルタ CLEと云うカメラも大好きで長く愛用したカメラだ。


CS0304 (02307)SX50aO生野区鶴橋

政治の世界も、信頼できる目くそ、鼻くその二大政党であってくれれば、日本のカメラがニコンとキャノンの競争のなかで世界一になったように、世界でリーダーシップ発揮できるのではないだろうか。
目くそが鼻くそを笑っているようではまだまだだ。

写真はレンズ

写真はレンズだと聞くことがある。
有名な話ではライカというカメラを使っていたことで知られている木村伊兵衛さんが、ライカに他のメーカーのレンズを付けている写真家に向かって「ライカはレンズが良いのだから、ライカのレンズを使いなさい」と言ったと伝えられている。

千葉県幕張


これは昔の話で、レンズが設計技師の知識と経験と勘で作られていた時代のこと。
レンズにはメーカーそれぞれの設計思想というものが反映された個性というものがあった。
今ではコンピュータがレンズを設計するようになり、どのメーカーのどのレンズでも、そこそこは写る。
どこそこの、どのレンズでなければいけないということは無いのかも知れない。

この場合、『そこそこ写る』という言葉が鍵になる。
「より良い写り」というものを求めたときに、ちょっと話が複雑になる。
「良い写り」とはどう云うことか?
それは、人それぞれ。だから、複雑なのだ。

解像力の高いレンズを良しとする人も居れば、諧調再現を重視する人も居る。
私のように光学性能も高くて、豊かな諧調再現を望む人間も居る。
尚かつコンパクトで安価で・・・と無茶苦茶なことを言う人間もいる。


千葉県富津津漁港

レンズは同じメーカーのなかでも、高級レンズと一般レンズと平行販売されているケースが多い。
高級レンズはただ単に解放F値を明るくして高価になっているのではないだろう。
高い光学性ばかりではなく、ガラス素材や、レンズ本体の鏡胴と呼ばれる部分の素材を吟味し、操作性を上げるなど、お金のかかる物作りをしていると考えられる。

高価な物は良いものとは一概に言えないが、より良い物を作るには金がかかる。
なんて書くと、私のようなへそ曲がりは「安くても良い物もある」などと言いたくなるが、いま、私の言っているのは一般論で、そのなかでも先進的な工業製品の場合のことだと考えていただきたい。

いずれにしても、メーカー側も幅広い顧客の要望を満たすべくいろんなレンズを製品化しているのである。
私たちレンズを使って写真を撮る人間は、多種多様なレンズのなかなかから、自分の求める写真に適したレンズを選ぶ眼力が必要とされる。


千葉県富津漁港

私も長い写真との付き合いの中で、いろんなレンズを使ってきた。
考えても仕方がなにので計算などしないが、ずいぶんとお金も使ったことだろう。
高い授業料を払って、フィルムで写真を撮っていた時代には、それなりの持論というものを持てるようになってきた。
しかし、フィルムカメラをデジタルカメラに持ち替えたいま、レンズに対する考え方も変化してきたようにも思える。

今日の三枚の写真はフィルムカメラで撮ったものです。
ネガフィルムをスキャナーで読み込んで載せてみました。
レンズは一枚目と三枚目がいわゆる八枚玉と呼ばれるズミクロン35mmで、真ん中の写真はエルマリートの28mmです。
いずれも、私が好んでいた200万番台中頃の製造ナンバーのものです。

昨夜は蚊に教われて、いささか睡眠不足気味。
蚊の羽音や痒さにたまりかねて、夜中に起き出して蚊取り線香に火をつけた。
今風の電気香取ではなくて、渦巻き線香だ。
線香の匂いは嫌いではない。
子供のとき、祖母がいつも仏壇に線香をあげていたので、線香の匂は慣れっこになった。
私の家の玄関口は夕方になると蚊取り線香に火がつく。
帰宅した者が、蚊を家の中に連れて入らないようにとの配慮である。
家に辿り着いて、この香り線香の匂いを嗅ぐとホッとする。

CB0701 (14)


しかし、昨夜の蚊取り線香は煙も線香の香りもあまりしなかった。
「最近の蚊取り線香は匂いも煙も少ないので、効き目ももうひとるだな・・・」と寝ぼけた頭でぼんやりと考えながら朝までうつらうつら。

室内が明るくなって蚊取り線香を見てみると、ほとんど燃えていない。
火がすぐに消えてしまったようだ。
これでは蚊の攻撃が弱まるはずはない。
火が消えているのではと思わないでもなかったが、夜中にもう一度起き出す元気もなくて、そのままにしておいた結果がこれだ。

頭は寝不足でも胃袋はしっかりとしたもので、いつも通り朝飯を平らげた。
朝食後、一階から二階に上る階段の途中で蚊とすれ違った。
一晩中、私の血を吸って腹が膨らみ体重が重くなったのか、フラフラと飛んでいた。
「こいつが昨日私を苦しめた蚊か・・・」と憎らしく思ったが、朝から殺生も何なので見過ごしてやった。

CP0325-015 福岡県糟屋郡新宮町 et28a-


今日の授業は二時間目(10時40分)から。
デザイン学科の二年生に写真の話をする授業だ。
大学到着後、直ちに、今日の授業の準備。
対象はデザインの学生たちなので、あまり小難しく写真を話をしても面白くないだろうから、普段、写真の学生に話している内容よりかなり噛み砕いた内容にしている。

授業の始めにA4の紙を配り、この授業で私が喋った事柄や授業の印象などを書いて貰い、授業の終りに集めている。
同じような方法を写真映像学科の一年生の授業でもやっているが、さすがはデザイン学科の人たち。
イラスト入りで、読んでいても写真映像学科の学生たちのものと比べても格段に面白い。
得に、私の猫好きは学生たちに浸透し、猫のキャラクターで書き込みをしてくれたものが目立つ。


CF1013 (053)sx35a佐賀

本日授業で使用するスライドは、彼ら、彼女らのイラストや質問をスキャナーで読み取ってスライドにしたもの。
これが案外好評で、今日の授業は良い感じで終えることがでた。
一日の最初の授業がうまく行くと、どことなく気持ちのよいもので、その日一日元気で過ごせる。
午後の写真学科の二年生の写真実習では、元気な私に学生たちは閉口したことだろう。

私の勤める大学は「写真映像学科」で。一応、学生はカメラを持っている。
一応・・・なんて微妙な書き方になったのは、自前のカメラを持っていない学生もいると云うことになる。
写真映像学科は主に写真を勉強するコースと映像やアニメーション・CGなどを勉強するコースに分かれている関係で、映像を中心としたところに所属している学生の中には写真を撮るためのカメラを持たない学生も居るのだ。

CB0905.038 ワイキキ et24a


映像コースにも写真の授業は、ほんの少しだがある。
僅かな授業時間のために、カメラを買わすこともなかろうと強制的に自分のカメラを持たせることは控えている。
そんな、映像コースで私は写真を教えている。
写真を教えるのは私一人。
本音で言うと、自前のカメラを持たせたい。
けれど、何せ写真の授業が少ないし、写真をやりたい学生は最初から写真コースを選ぶことから、写真で卒業して行く学生も極めて少ない現状のなかで、カメラを買わせても無駄になる。

それにしても、昨今の学生たちは、自分が専門にしていることに投資をしない。
世の中不景気だけれど、目に余るものがある。
カメラやレンズにしても、出来るだけ安価に済ませたいという傾向が強い。
吟味をしない。

CP0512-024 岡山市奉還町 se18a


「道具」がすべてではないけれども、道具は大事だ。
有名な写真家、ブレッソン氏は「ライカがあったから写真家になった」と言っている。
カメラやレンズは己の表現の根幹に繋がることは明白だ。
しかし、そのあたりに気を使う学生はほとんど居ない。
はったりで高価なものを手に入れる必要はない。
自分の目指す写真にとって、何が最適なのかを探し求める努力をして欲しい。

目指す写真が見つからなければ、先ずはそれを見つける努力を続けて欲しい。
目指す写真が無いのなら・・・残念だけれど、まあ、楽にしていてください。

CP0625.003 福岡市中央区天神 et28a


今日は、「カメラ診断」という行事が大学で行われた。
カメラメーカーや写真関係の業者が集まって、機材や用品を展示したり、学生の機材を点検をしてくれたりする、年に一度の催しだ。
企業も大変なのか、参加してくれるメーカーも随分と少なくなったけれど、なんとか今年も開催することができた。

学生の使っているカメラの大半はキャノンかニコンだが、その両社は今年も参加してくれた。
こういったときに、自分が使っているカメラメーカーが見当たらないと、ちょっと寂しいものがある。
私たちも、学生からカメラの推薦を求められたときに、キャノンかニコンと答えることが多い。
他に、個人的に好きなカメラがあっても、学生に寂しい思いはさせたくないので。

大雨

朝から強い雨が降っている。梅雨だから当然か。
傘も役に立ちそうにない。
靴やズボンは濡れること間違いなし。
濡れ鼠になるのが嫌だ。
こんなときには車でもあれば・・・と思うのだけれど、無いものは無い。

CB0806 (34)Takasaki


私は車を嫌ってきた訳ではない。
男の多くが、機械ものを好きなように、私も男のはしくれとしてメカニカルなものが好きだ。
時計にカメラ・・・
時計もカメラも最近では電気仕掛けになってしまったが歯車やゼンマイ、バネなどがぎっしりと詰ったものは魅力的だ。
車については、好き嫌いを考える前に必要が無かった。
大阪市、福岡市と極めて交通交通網の発達した都市部で暮らし続けてきたからか、移動に関して不便はなかった。
今日のような雨の日や荷物の多い日以外には。


CG0312R5924 (5)

自前の車が無ければ、公共交通機関を利用するか歩くしかない。
このライフスタイルが私の撮る写真に影響している。
つまり、歩くことで見えるものを撮ると云うことに繋がっている。

それらは極めて些細なものではない。
華々しくもなければ、大きな驚きもない。
どうでも良いと言えばどうでも良いものばかりだ。

もともと多少ひねくれた性格だから、大袈裟や大仰といったことやものを斜に見る傾向があるので、それはそれで良いのである。
根性や頑張りを全面的に打ち出したような写真などクソクラエだ。


CB0304.126 大阪市生野区鶴橋 sx35a

水曜日は授業もないので、思い切って自宅に籠ることにした。
晴耕雨読なんてことは言わない。
ぐうたらな一日。
根性なしだから、それが似合っている。