テレビ画面から「ひぐらし」の声を聞こえてきました。
ひぐらしの鳴き声は大好きです。
遠い昔、少年時代(皆さんと同じように、私にもそんな時代がありました)に隣近所のガキが一緒になって出かけた夏休みのキャンプ場での夕暮れのシーンが頭に蘇ってきます。
川沿い。両サイドに山。
極めて平凡な景色が蘇ってきます。
夏の光の輝きは消え、薄墨色の空気が漂いはじめる黄昏の光。
すべてが懐かしい記憶です。
そんな記憶をひぐらしの声はいつも呼び覚ましてくれます。
キャンプ場での記憶は良いものばかりではありません。
川の流れのなかに浸けて、冷やしておいた食料が消えてしまった事件も記憶の底に残っています。
ただ、それがどんな物だったかと云うところは消えてしまっています。
冷やして食べるものですからスイカだったかもしれませんが、どうもスイカではなさそうです。
当時は、キャンプと云えば缶詰でしたから、果物の缶詰だったのかもしれません。
盗まれたのか、流されたのかは定かではありませんが、当時は「盗まれた」と思い込んでいました。
テレビから聞こえて来るひぐらしの声を聞いていて、「一番好きな音」はひぐらしの鳴き声だけれど、それに続く好きな音は何だろうかと考えたとき、銭湯の桶の音が蘇ってきました。
まだ、日が高い時間帯の銭湯。
昼の光の射し込む浴場のなかに響く桶の音もなかなか良い物です。
自宅の狭い風呂場とは違った心地よい響きの音です。
子供時分、遊びの最後はみんなで銭湯に駆け込むことでした。
湯からでたら、コーヒー牛乳や乳酸飲料、ラムネなどをなけなしの小遣いをはたいて飲む。
この習慣が、大人になっての、仕事の後の一杯ととなったのでしょうか。
国道沿いを歩いているとき、どうした加減か突然車の往来が途絶え、それまで聞こえていた車のエンジンの音やタイヤの音などがスーッと消え、無音のエアーポケットに入り込んだようなときがあります。
耳のなかが真空状態になったような、あの瞬間も好きです。
聞こえる音だけではなく、音がスッと消えたその瞬間もなかなか良いものです。
バスに乗っていて、踏切待ちなどで、バスのエンジンが切られたときの車内の音も好きです。
踏切のカンカンと鳴る警報の音も、線路際に立って聞く音と、エンジンを切って無音になったバスの中で聞く警報の音とはあきらかに質的に違っています。
同様に、エンジンを切ったバスの車内で聞く雨の音もなかなか良いものです。
いままで、絶えず耳を刺激していたエンジンの音が消えた時のあの、ホッとした気分。そこに入り込んでくる踏切の警報の音や、バスの屋根に当たる雨粒の音は、ついつい聞き入ってしまいます。
植田正治さんの写真集に『音のない記憶』と云う本があります。
植田正治さんはタイトル上手な方でした。ご苦労もあったとご本人から聞いていますが、それにしても印象的なタイトルの作品が多くあります。
『音のない記憶』や『童暦』(わらべごよみ)、『小さな伝記』『風景の光景』『軌道回帰』、作品集のタイトルだけでも数え上げれば切りがありません。
そのなかでも、『音のない記憶』は私の一押しです。
最初に挙げたひぐらしの声や銭湯の浴場に響く桶の音などは、遠い記憶と結びついており、音から遠い記憶が呼び覚まされてくるのですが、植田さんがヨーロッパを旅したときの記憶の景色はサイレント映画のように音のない世界として写真に記録されました。
植田正治さんの写真の多くは、その「音のない写真」のように思います。
さて、ここまで書いて今日の写真を何にするか・・・
私の「音のない記憶」を呼び覚ましてくれる二枚の写真が見つかりました。
極めて私的な記憶で恐縮です。まあ、私の写真と書いているものがそうですから今更、謝ってもしかたないですけれどね。


最初の犬の写真ですが、私が子供の頃、我が家に〔ごん〕と云う名の犬が居ました。
どう云う経緯で我が家の来たのか記憶の糸が切れてしまっているようで、思い出せないのですが、私がどこかで子犬を拾ってきたのかも知れません。
その犬が、なんとも小汚い毛色の犬で、お世辞にも可愛くは見えなかった記憶が残っています。
この犬のことで、記憶に残っていることがもう一つ。
その犬に「ごん」と命名したのは父親でした。どう云う記憶の糸が結ばれたのかは分かりませんが、そのことははっきりと覚えています。
この犬の置物を見たときに、「ごん」を思い出してパチリ。
二枚目の写真は「牛乳石鹸」と「自転車」が記憶の呼び水です。
私が生まれ育った大阪の家の近くに「牛乳石鹸」の工場がありました。
私の記憶が間違っていないのか「牛乳石鹸」について調べてみたところ、本社は大阪市城東区今福になっており、私の生まれた家も大阪市城東区今福ですから間違いなないでしょう。
そんな記憶に刷り込まれた「牛乳石鹸」ですから、いまでも「牛乳石鹸」の製品を選んで買ってしまいます。
昼間の光の残る銭湯の浴場で桶の触れる音を聞きながら、牛乳石鹸で汗を流す・・・ななかな良いじゃありませんか。
「牛乳石鹸」と同様なのが「松下電器」です。いまのパナソニックですが、松下電器も少年時代の記憶と結びついた企業で、電気製品を買うときに、どうしても松下電器の製品を贔屓にしてしまいます。
私が最初に買ってもらった自転車は「松下電器」の製品でした。
松下電器に勤めていた叔父が買ってくれたもので、色は灰色(地味ですね)だった記憶があります。子供用ではなくて大人用の自転車でした。
今でこそ、自転車なんてものはそのあたりに打ち捨てられるように転がっていますが、昭和30年代の自転車は子供にとって宝物のようなもので、ビックプレゼントでした。
歳とともに昔を懐かしむようになっています。
記憶のなかに登場する人たちの多くは故人となっておられますが、あの世とやらで息災に暮らしておられることを今日もお祈りする次第です。

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